僕じゃありません。adobeがそういってるんです。前向きだなぁ。やっぱりこういう生きかたをしなきゃね。そう思う一方で、ひたむきな若さや粘りに陰りの見える自分がせつない。とか書きそうになったけどヤメた。

嫌なものは嫌だ。ムリをして気に入らないやつに話を合わせることも、したくはない。まぁそれについては向こうもそう思ってるんだろうな。

という具合に気配といい、空気といい。互いに相手が自分をどう思っているかは何となく伝わる。とくに嫌ってる場合はわかりやすい。困るのは本当は好きなのに素直に表せない人の場合。

これはこれで自分らしく世界をとらえての行動なんだろうけど、はっきりいってめんどくさい、じれったい。思いがけないところで誤解を受けてることもあるんだろうな。

ジムで見かける人たちにもいろいろな自分らしい世界のとらえかたがあるみたい。

 

ジムは自分らしい世界を取り戻す場所?

Nさんは普段は人の良さげなどちらかというとあまり目立たないタイプ。それがジムではまるでちがう姿を見せてくれる。

いつも微笑んでいるような目は鋭さを帯び、親しげな表情も話しかけるのを拒んでいるように見える。存在感に至っては50%はアップしている。初めてその姿に接したときは別人だと思いました。似てるなとさえ思わなかった。

彼の場合「自分らしく世界をとらえる」ではあっても、“どこにいても”のところが違うだろうな。つまり使い分けしてる?きっとそうなんだろう。ただ、いつものNさんを知っている目にジムでの彼はとてもスタイリッシュでかっこいい人に見えた。

これはこれで成功のケース。成功があれば失敗もある。本人はそう感じているかどうかは別としてだが。

 

ジムで見かける自意識過剰な人たち 自分らしさをこじらせるとこうなる

やたらマッチョ風を醸し出しているんだけど、そもそもトレーニングのやり方がおかしい人。毎回、高重量のベンチをセットするのになぜかバーを握っただけで、実際のセットでは重量をダウンさせる人。重さになれるって感じでもないんだよね。

インクラインベンチをそのままベンチ代わりにして音楽を楽しむ人。リズムに合わせれいるんだろうけど、どうにも不思議な動きでダンベルを操る人。なにしろ周りにお構い無しだから、危険でしょうがない。

なつかしのHGばりにフォーッだか、ウォリャとか奇声をあげながらバーバル、ダンベルに挑む人。その割に重量は控えめ。

「危ないからどいて」といってあとからきたのに場所をあけさせる人。エッ?僕が悪いの?どうして?悩みますね。

なんだろうな、いろんな人がいる。これあれですか。人のふり見て我がふり直せという教えみたいな。気をつけますね。自意識過剰はこわいから。

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